Sanzyusseiki-no-mori

作成/ 2003-06-21 | 更新/ 2004-06-23

ローマ字の長音のつづり方

世間一般には「通用ヘボン式(注)」がはびこるが、これは「音を伸ばす」という概念を持たない英語の産物であり、日本語で長母音と単母音を区別しないと問題が多い。たとえば Ono は「小野」か「大野」かといった不要な悩みが増える。こんなことはわたしが指摘するまでもなく皆が承知で、日本語を似非英語化するのではなく、ローマ字の日本語に書き換える場合は、長音を表記に反映させるのが普通である。しかし十分な情報がないためか、単に興味がないためか、正しく表記する方はどこにもいない。よって、ここでは長音のつづり方と、留意すべき事項を簡単に示す。

注)通用ヘボン式 英字新聞などで用いる長音無視のヘボン式。修正ヘボン式という方がいるが、1994年に廃止された修正ヘボン式(ANSI Z39.11-1972, American National Standard System for the Romanization of Japanese, 1972)とは異なる。長音無視を容認するつづり方は自家方式であり、公的規格としては国内・海外を問わず、現在はもちろん、過去にも存在したことがない。

長音の基本

長音(長母音、伸ばす音、引き音)とは、母音の拍が短母音の倍の長さを持つ音をいう。ローマ字では、アア、イイ、ウウ、エエ、オオ・オウ、およびエイの六つに分けて考える。

長音の表

母音 仮名 対応字 正書法 代書法1 代書法2
アア かあさん ka-a-sa-n kâsan kaasan ka^san
イイ にいさん ni-i-sa-n nîsan niisan ni^san
ウウ すうがく su-u-ga-ku sûgaku suugaku su^gaku
エエ ねえさん ne-e-sa-n nêsan neesan ne^san
エイ えいが e-i-ga eiga eiga eiga
オオ もよおし mo-yo-o-si moyôsi moyoosi moyo^si
オウ そうだい so-u-da-i sôdai soodai so^dai

長音「エイ」

標準語の「エイ」の発音は「エエ」と同じであり、表音式を掲げるローマ字では「ê」と表記すべきだが、現代仮名遣いになぞらえて「ei」で表す。ただし、片仮名で書く外来音などで、これを伸ばす音(ー)で表す習慣があるものは「ê」と書く。

きれい kirei (kirê は誤り)
けいえい keiei (kêê は誤り)
メール mêru (meiru は誤り)

これは昭和61年7月1日内閣告示第一号による。付記に「次のような語は、エ列の長音として発音されるか、エイ、ケイなどのように発音されるかにかかわらず、エ列の仮名に『い』を添えて書く」という一文があり、「かれい、せい(背)、かせいで(稼)、まねいて(招)、春めいて、へい(塀)、めい(銘)、れい(例)、えいが(映画)、とけい(時計)」を例示した。ローマ字での書き方もこれに依拠し、表記上は「エイ」を長音としない。もっとも大阪ローマ字会のように、現代の標準的発音を容れて、「エイ」を長音で表す(たとえば、「きれい」は kirei ではなく、「kirê」とする)ことを主張する向きもある。

長音「オウ」

「エイ」は仮名になぞらえるが、「オウ」は常に「ô」で表す。「オオ」も「ô」と表すため、この二つは区別されない。

ほうそう hôsô (代書法は hoosoo / ho^so^。housou は誤り)
おおげさ ôgesa (代書法は oogesa。内閣告示は「大文字の場合は母音字を並べてもよい」とする)

これは同上の文書の付表「現代語の音韻」で、ウ列の長音が伸ばす音として例示されたことによる。なお、国際規格(ISO3602)はその表3aと表3bで「オウ」を長音として体系的に表示した。

一般の方は「オウ」を「ô (oo)」で表すことに抵抗があるらしい。上記の「ほうそう」を housou とする実例は枚挙に暇がない。これを山形を被せないで書く場合は、「hoosoo」あるいは「ho^so^」としなければならないが、正しく書かれた代書法はついぞ見たことがない。いや、「hoosoo」は奇妙だから housou を堅持したいのだと主張する方が、では、「とうきょう」を Toukyou とつづるかと言えば、そんなことも滅多にない。文句なしに通用ヘボン式で慣れ親しんだ Tokyo を持ち出す。正当なローマ字を支持しないにしても、せめて規則を定めて運用されたい。現状は気ままと出鱈目が蔓延しているだけであって、理論がこれを追認することはありえない。

「オウ」と「オオ」を書き分けない理由は上で示したが、実用的な利点もある。たとえば、「講師 koo-si = kôsi」を kou-si = kousi とすると、「子牛 ko-usi = kousi」とまぎれる。日本語はローマ字化することで多くの同音異義語の見分けがつかなくなるが、「オウ」に ou を容れると、これに加えて直下で説明する形態素の切れ目でも言葉がまぎれることになり、より多くの言葉の区別がつかなくなるのである。

形態素の切れ目

長音の扱いでやや難しいのは、形態素の切れ目に母音がある場合である。正しくローマ字をつづるには、言葉の成り立ちを詳しく知っておく必要がある。

体言

体言(名詞の類い)はあまり間違われることはない。言葉を意味をなす最小単位まで細切れにして、その単位の中で母音と母音がつながる場合にのみ、それを長音で表す。

じゅうたい zyuu-tai = zyûtai (代書法は zyuutai / zyu^tai)
かあさん kaa-san = kâsan (代書法は kaasan / ka^san)
おおぎょう oo-gyoo = ôgyô (代書法は oogyoo / o^gyo^)

この単位を跨いで同じ母音がつながっても、それらはひとつの長音と見做さない。

ながあめ naga-ame = nagaame
うつうつ utu-utu = utuutu
しいん si-in = siin

より複雑な例も挙げよう。

そうおん soo-on = sôon (代書法は sooon / so^on)
しゅうう syuu-u = syûu (代書法は syuuu / syu^u)
こおう ko-oo = koô (代書法は kooo / koo^)

用言

用言(動詞の類い)で長音の扱いに揺らぎが見られるのは、漢字仮名とローマ字では形態素の切れ目が異なるからである。ローマ字はひとつの仮名を子音と母音に振り分けるが、これによって漢字仮名では明確にならなかった語幹と語尾を正確に切り離せる。たとえば、「うれえる」は、漢字仮名では「ure-eru」(下一段活用)と分ける。ローマ字では「uree-ru」(エ母音活用)と分ける。問題となるのは、もっぱらア行一段活用動詞である。

もちいる motîru (イ母音活用)
うれえる urêru (エ母音活用)

原則を重んじれば上のようになるはずだが、ここに送り仮名の習慣が持ち込まれ、実際には、

もちいる motiiru (上一段活用)
うれえる ureeru (下一段活用)

と書かれることのほうが段違いに多い。知識の深い方は前者に傾くが、それ以外は後者に従う。

送り仮名は漢字で書いた言葉の読み方を明らかにするための仕組みであり、ローマ字のつづり方に影響を及ぼすべきでない。しかし多くの方が後者を実践する現実を踏まえれば、いまさら漢字仮名の慣用に引きずられるのは間違いだと主張しても仕方があるまい。上で取り上げた長音「エイ」もそうだが、ローマ字にも現代仮名遣い同様に改めがたい慣用があり、理詰めでは済まない部分がある。

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