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作成/ 2004-07-30 | 更新/2005-03-10

99式ローマ字は新種のヘボン式か

ローマ字には数多の方式があるが、国語学者が支持したのは日本式だった。日本式の現代標準語版である訓令式は1937年に内閣訓令によって公布され、1989年には国際標準化機構が国際規格として承認した。この国際規格は同時に日本式を厳密翻字として採用している。1885年に田中館愛橘が日本式を提唱してから104年。標準化には長い歳月が必要だった。

日本式が標準化の基盤となったのは、この方式が音韻学理論に基づく体系であり、単純かつ明快で、破綻がなかったからである。日本式系統とは袂を分かつヘボン式は、それ自体では日本語の体系を説明できない。日本式に関連付け、英語の発音に準拠させた変形版と捉えることで説明可能になる。

かくして90年代初めにローマ字は日本式系統に収斂したかに思えたが、そののち離反があった。すなわち日本ローマ字会(京都市)が、99式ローマ字という新しいローマ字つづりを提唱した。99式はヘボン式と共通項の問題を孕む。かれらは99式を「漢字仮名表記が正書法であるあいだの代書法にすぎない」と主張するが、代書法であればヘボン式と同じ過ちを繰り返してよいということにはなるまい。志を共にするローマ字論者を論難するのは心苦しいが、ここでは99式の問題点を指摘したい。

明快な理論体系を持たない99式

日本式の特徴は、音韻学理論に基づいて五十音の体系に従うことである。表は一律であり、行および列が密接に関連して組み上がる。例外はいっさい存在しない。いっぽう99式は「行列の組み合わせ」という概念に乏しく、行ごとに個別対処する。このため首尾一貫した表を持たず、見通しの悪い体系になった。合拗音の表を対照させれば明らかだろう。

日本式(理論的拡張)
kwa kwi (kwu) kwe kwo
swa swi (swu) swe swo
twa twi (twu) twe two
nwa nwi (nwu) nwe nwo
hwa hwi (hwu) hwe hwo
mwa mwi (mwu) mwe mwo
rwa rwi (rwu) rwe rwo
gwa gwi (gwu) gwe gwo
zwa zwi (zwu) zwe zwo
dwa dwi (dwu) dwe dwo
bwa bwi (bwu) bwe bwo
pwa pwi (pwu) pwe pwo
99式(厳密翻字)
kwa kwi kwu kwe kwo
swa swi swu swe swo
tsa tsi tsu tse tso
nwa nwi nwu nwe nwo
fa fi fu fe fo
mwa mwi mwu mwe mwo
rwa rwi rwu rwe rwo
gwa gwi gwu gwe gwo
zwa zwi zwu zwe zwo
dza dzi dzu dze dzo
bwa bwi bwu bwe bwo
pwa pwi pwu pwe pwo

例外処理は妥当か

合拗音(ワ行)の表の行列はいうまでもなく、開拗音(ヤ行)の表と同じ構成になる。すなわち、日本式では -w- を -y- と入れ替えれば開拗音の表が成立する。これは直音に半母音の拗音をつけるという仮名の性質を模したからで、ヤ行とワ行では行が違うだけなのだから同じ構成になるのは自明だろう。

99式も開拗音の表は基本的に日本式と同じである。これは99式も原則を認めていることの裏書になる。ところが99式では合拗音の表を中心に変則的な例外が多い。なぜだろうか。

例外処理は音の競合に配慮した苦心の結果であり、心境は理解できなくもない。しかし、基本的な部分に誤認識があるのではないか。たとえば、99式は「ファ」「ホァ」「フャ」を区別するために fa、hwa、fya で表すというが、「ホァ」などという音は日本語には存在しない。「ァ」を拗音で表すのは表記上の誤りで、この音をローマ字で表記すれば hoa になる。二重母音であり、半母音は挟まない。それでも半母音だと主張するのなら、それが属する行はどこなのか。

母音 i に摩擦が生じて半母音 y に変化したのが開拗音である。従って仮名ではイ列の仮名にヤ行の拗音を付けて表す。母音 u に摩擦が生じて半母音 w に変化したのが合拗音である。従って仮名ではウ列の仮名にワ行の拗音を付けて表す。音というのは気ままに生じることはならず、音韻構造の網の中に居場所がある。そして、実際に使う使わないは別として、よい理論はあらかじめその全部を知らせる。短母音と半母音の関係をハ行の表(日本式)を一例に挙げて説明しよう。

行列 ア列 イ列 ウ列 エ列 オ列
ア母音 (haa) ハイ hai ハウ hau ハエ hae ハオ hao
イ母音 ヒャ hya (hyi) ヒュ hyu ヒェ hye ヒョ hyo
ウ母音 ファ hwa フィ hwi (hwu) フェ hwe フォ hwo
エ母音 ヘア hea ヘイ hei ヘウ heu (hee) ヘオ heo
オ母音 ホア hoa ホイ hoi ホウ hou ホエ hoe (hoo)

行列が重なる部分は母音が足し算されるため、半母音行では短母音に、短母音行では長母音になる。

半母音(0.5)+半母音(0.5)=短母音(1.0)
短母音(1.0)+短母音(1.0)=長母音(2.0)

という分かりやすい公式で表せる。イ母音やウ母音は半母音のほかに短母音も存在するが、これに摩擦が生じたからこそ半母音化したのである。驚いた時に「ひぇ~ (Hyê)」と声を出すことがあるが、これを大げさにやらかそうと思えば「ひえ~ (Hiê)」と母音が二つに割れるだろう。短母音と半母音の関係は体感的にも知られている。

上の表を見れば明らかなように「ホア(ホァ)」が属するオ母音は二重母音化する。99式は「ホァ」は「ァ」だからワ行だろうというその場の思いつきで hwa としたのだろうが、ワ行はウ母音の摩擦音であり、物理的にウからしか生じない。ア、エ、オは摩擦を起こさない以上、半母音化することはありえない。「はぁ」「ヘィ」「ほぅ」など表記はどうにでもなるが、どのように書こうが落ち着くところは同じである。二重母音を区別したいのなら字上符を用いるがよい。しかし99式は字上符を否定したのではないか。99式はこれを表す手段を持たない。

さらに、99式は「ファ」に fa を当てはめ、「ホァ」に hwa を当てはめることで、合拗音の表を破綻させた。仮に「ホァ」という音が物理法則を超越して成立したしても、それは合拗音の表に属する音ではないのが明白なのだから、正当なハ行ア列の原音「ファ」を押しのけて hwa を名乗ることはできない。ファ行の位置に異質なホァ行を紛れ込ませることで、99式は行列の概念を持っておらず、場当たり的に文字を割り振っただけであることを告白した。tsa、dza などの例外処理もすべてこれと同じで、議論の余地なく単純明快に間違っている。

そもそも特殊音の表記は乱れがちなのだから、新しい仮名表記を見た場合は、まずその表記の正当性を疑ってかかる必要がある。99式は上の規則的な基本表をかき乱すが、これに飽きたらず不規則表を加える。本来は必要のない追加である。誤表記に躓いて存在しない幽霊行を生み出し、理路を見失ったのでは切ない。

99式に列の概念はあるか

一度例外を認めると連鎖的に問題を引き起こす。次に、99式のカ行ア列、ハ行ア列、タ行ア列がどうなっているかを見たい。

分類 日本式 99式
直音 k-a h-a t-a k-a h-a t-a
開拗音 k-ya h-ya t-ya k-ya h-ya t-ya
合拗音 k-wa h-wa t-wa k-wa f-a ts-a
複合拗音 k-wya h-wya t-wya - f-ya -

カ行ア列は日本式と99式で共通であり、これが列の原理である。日本式がこの原理に従ってどの音も規則的に処理するのに対し、99式は乱れに乱れる。上で論駁した競合処理のためにやむをえない例外を与えた結果ではあるが、ハ列は h- と f- で揺らぎ、タ列は直音と開拗音では t- なのに対し、合拗音では ts- になるなど単位構成の切れ目すら定まらない。加えて99式は複合拗音という概念がなく、実際に有用か有用でないかは別として、理論的に導くことができない。

99式は発音に基づく「音に従ったローマ字」ではなく、「仮名文字でどう書かれるか」に基づくローマ字だと謳い、「タ行のイ列の文字だから t と i で ti と書き、タ行のウ列の文字だから t と u で tu と書く、という原理によって正当化される」と具体的に例示しておきながら、仮名にローマ字が対応せず、単位構成の切れ目も定かではない。例外部分を「つづりと発音の関係の国際的な受け入れやすさ」などと強弁するにいたっては、自家撞着である。

言うことと成すことが異なるのでは専門家の賛同も一般の理解も得られまい。ヘボン式が英語の音韻に近いという理由で「ち」を chi と書き、「ティ」に ti を振るのと発想は同じである。そもそも99式が言う「国際的な受け入れやすさ」とはヘボン式のことであり、実際にファ行に f-、ツァ行に ts- を用いるなどヘボン式を採用した。ヘボン式は音単位で理不尽なつづり方だった。99式は行単位で理不尽なつづり方というだけのことで、99式が新手のヘボン式と呼ばれる所以である。どちらにも共通するのは行列の整合性を理解しないことで、例外が全体に及ぼす悪影響について熟慮が足りないことである。

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